【実践ワーク】チームで複雑な依存関係を整理し、開発順序を決めるワークショップ
はじめに
ソフトウェア開発プロジェクトにおいて、複数の機能やタスク、さらにはチーム間に存在する依存関係は、計画の遅延や予期せぬ手戻りの大きな要因となります。特に、開発が進むにつれて依存関係は複雑化し、全体像を把握することが困難になる場合があります。
このような状況では、単にタスクリストを作るだけでは不十分です。チーム全体で依存関係を明確に理解し、共有することが、現実的な開発計画を立て、リスクを管理し、効率的にプロジェクトを進める上で不可欠となります。
本記事では、チームで協力して複雑な依存関係を整理し、論理的な開発順序を決定するための具体的なワークショップ手順をご紹介します。このワークショップを通じて、チームの共通認識を高め、不確実性を低減し、プロジェクトの成功確率を高めることを目指します。
依存関係マッピングワークショップの目的
このワークショップの主な目的は以下の通りです。
- プロジェクト内の主要な要素(機能、タスク、システムコンポーネント、チームなど)とその間の依存関係を可視化し、チーム全体で共有可能なマップを作成すること。
- 可視化された依存関係から、プロジェクトのボトルネックやリスクの高い箇所を特定すること。
- 依存関係を考慮した上で、効率的かつ実現可能な開発、または実行の順序をチームで合意形成すること。
- 関係者間の認識のズレを解消し、透明性を高めること。
ワークショップ参加者
- 開発チームメンバー
- プロダクトオーナー/マネージャー
- プロジェクトマネージャー
- 必要に応じて、関連する他チームの代表者やステークホルダー
必要なツール
- 物理的なツール:
- 模造紙または大型ホワイトボード
- 付箋(複数色あると便利)
- 油性マジック
- テープまたは強力なマグネット
- デジタルツール(オンライン開催の場合や成果物を共有したい場合):
- Miro, Muralなどのオンラインホワイトボードツール
- draw.io, Lucidchartなどの作図ツール
- 共有ドキュメントツール(Google Docs, Confluenceなど)
ワークショップのステップ
ステップ1: ワークショップの目的と範囲の確認(15分)
まず、なぜこのワークショップを行うのか、何を目指すのかを明確に共有します。 次に、今回のワークショップで焦点を当てる範囲と粒度を定義します。例えば、「特定の大きな機能群の実装順序」なのか、「リリースに向けた開発・テスト・デプロイの全体像」なのか、「複数のチームにまたがる改修」なのかなどです。マッピングする要素の粒度(例: エピック、フィーチャー、特定のタスク)も合意します。
ステップ2: 要素の洗い出し(20〜30分)
定義された範囲内で、マッピングの対象となる主要な要素(機能、タスク、システムコンポーネントなど)をチームメンバー全員で洗い出します。 各自が付箋に1つの要素を記述し、模造紙やホワイトボード(またはデジタルツール)に貼り出していきます。重複しているものはまとめ、曖昧な表現は明確にします。付箋の色を要素の種類(例: フロントエンド機能、バックエンド機能、インフラタスクなど)で分けると後で見やすくなります。
ステップ3: 依存関係の特定とマッピング(45〜60分)
洗い出した要素間の依存関係を特定し、線で結んで可視化します。 * 依存関係の種類の定義: 例えば、「Aが完了しないとBは開始できない(開始-開始依存)」「AがリリースされないとBはテストできない(完了-開始依存)」など、必要に応じて依存関係の種類を定義します。 * 矢印で示す: 依存される側から依存する側へ矢印を引きます(例: A → B なら「BはAに依存する」)。矢印の上に依存関係の種類や簡単な説明を書き加えると分かりやすいです。 * チームでの議論: 各要素とその間の依存関係について、チーム全員で議論しながら進めます。「なぜこの依存関係があるのか?」「本当に必要な依存関係か?」「他の方法は?」といった疑問を投げかけ、チームの共通理解を深めます。 * 複雑な箇所の特定: 依存関係が多く集まる箇所、複数の要素が相互に依存している箇所、外部システムや他チームに依存している箇所などを特に注意して確認します。
ステップ4: 依存関係マップの分析(20〜30分)
完成した依存関係マップをチーム全体で俯瞰し、分析を行います。 * ボトルネックの特定: 多くの要素が依存している「ハブ」となっている要素はボトルネックになりやすい箇所です。 * リスクの特定: 外部依存や他チーム依存、技術的な不確実性が高い要素への依存はリスクが高い箇所です。 * 循環依存の発見: 循環依存(例: A → B → C → A)は通常避けるべき構造です。発見した場合は、設計の見直しや分割の必要性を議論します。 * 依存関係の妥当性の再確認: 特定された依存関係が本当にビジネス上、技術上必須なのかを再確認します。
ステップ5: 優先順位付けのための基準設定(15分)
依存関係マップの分析結果を踏まえ、開発または実行の優先順位を決めるための基準をチームで合意します。一般的な基準としては以下のようなものがあります。 * ビジネス価値: ユーザーや顧客にとっての重要性、収益への貢献度。 * リスク: 技術的な不確実性、外部依存のリスク、期日達成のリスク。 * 依存関係: 多くの要素が依存しているもの、他の要素のブロックを解除するもの。 * 取り組みやすさ: 実装の容易さ、必要な労力。
これらの基準をいくつか組み合わせ、チームにとって最も重要な優先順位決定要因を明確にします。
ステップ6: 依存関係と基準に基づいた開発順序の決定(30〜45分)
作成した依存関係マップと、合意した優先順位付け基準を用いて、要素の実施順序を具体的に決定していきます。 * 依存関係を考慮: 依存されている要素から先に実施する必要があります。マップ上の矢印の向きを逆にたどるように、依存関係の鎖をたどって開始可能な要素から順に検討します。 * 基準を適用: 開始可能な要素の中で、設定した優先順位付け基準に従って、最も重要・優先度の高いものを選択します。 * 順序の可視化: 決定した順序をリスト化したり、タイムライン上に配置したりして可視化します。 * チームでの調整: 決定した順序についてチーム内で議論し、無理がないか、現実的かを検討します。必要に応じて順序を調整し、チーム全体の合意を形成します。
ステップ7: 結果の共有と次のステップ(10分)
ワークショップで作成した依存関係マップと決定した実施順序を整理し、参加者全員がアクセスできる形で共有します。 また、この結果をどのように今後の計画立案やタスク管理に活かしていくかを明確にします。例えば、バックログのリファインメントで順序を反映する、スプリントプランニングの参考にする、といった具体的なアクションプランを立てます。
効果を出すためのポイント
- ファシリテーション: ワークショップの目的から外れず、全員が貢献できるよう、経験豊富なファシリテーターが進行役を務めることが重要です。議論が行き詰まった場合や、特定の意見に偏りそうな場合に介入し、建設的な対話を促します。
- 心理的安全性: 参加者全員が自由に意見を述べ、疑問を投げかけられる雰囲気を作ります。間違いを恐れずに依存関係を提示し、議論できることが正確なマップ作成につながります。
- 定期的な実施: プロジェクトは常に変化します。依存関係もまた変化する可能性があるため、定期的にこのワークショップやそれに類する活動を実施し、マップを最新の状態に保つことが望ましいです。
- 視覚的な分かりやすさ: 作成するマップは、後から見返した際に分かりやすいように整理します。色分けやグルーピング、線の種類などを工夫すると良いでしょう。
まとめ
複雑な依存関係は、多くのプロジェクトにおいて避けられない課題です。しかし、チームで協力してそれらを可視化し、整理し、分析することで、不確実性を大幅に低減し、より予測可能で効率的な開発・実行プロセスを構築することが可能になります。
本記事で紹介したワークショップは、そのための実践的な手段です。ぜひチームでこのワークショップを試し、共通理解に基づいた力強い推進力を生み出してください。これにより、手戻りを減らし、優先度の高いものから着実に成果を出すことにつながります。
プロジェクトの成功には、優れた個々のスキルだけでなく、チームとしての状況認識と協調が不可欠です。このワークショップが、皆様のチームの問題解決能力と意思決定プロセスの向上の一助となれば幸いです。