【実践ワーク】チームで意見の対立を乗り越え、より良い解決策を共同創造するワークショップ
はじめに
ソフトウェア開発チームの活動において、意見の対立は避けられないものです。新しい機能の実装方針、技術スタックの選定、タスクの優先順位付けなど、多様な視点や専門性を持つメンバーが集まるからこそ、異なる意見が生まれます。
この意見対立を単に「問題」として避けたり、力任せに押し潰したりすることは、チームの創造性や健全性を損なう可能性があります。重要なのは、対立を恐れるのではなく、それをチームの成長やより良い成果を生み出すためのポジティブなエネルギーとして活用することです。
本稿でご紹介する「共同創造ワークショップ」は、チーム内で意見対立が発生した際に、感情的な衝突に陥るのではなく、対立の背景にある本質的なニーズや価値観を探求し、多様な視点を取り入れた革新的な解決策をチームで共同で生み出すことを目的とした実践的なワークショップです。
共同創造(Co-Creation)とは何か
共同創造とは、単にチームとして一つの合意点に達することだけを指すのではありません。それは、異なる視点や知識を持つ複数の関係者が対話を通じて深く関わり合い、お互いのアイデアを刺激し合いながら、既存の枠組みを超えた新しい価値や解決策を共に創り出すプロセスです。
意見対立は、この共同創造の貴重な種となり得ます。なぜなら、対立する意見の中には、それぞれのメンバーが重要だと考えていること、見えている課題、達成したい目的などが凝縮されているためです。これらの要素を表面的に否定するのではなく、その深層にあるニーズや価値観を理解しようと努めることで、従来の思考パターンでは見つけられなかった全く新しい視点や解決策が生まれる可能性があります。
ワークショップの目的と期待される効果
目的:
- チーム内の意見対立が発生した際に、感情的にならずに状況を客観的に理解する。
- 対立する意見の背景にある、それぞれのメンバーの隠れたニーズや価値観を探求し、相互理解を深める。
- 多様な視点を取り入れた、より革新的でチーム全体が納得しやすい解決策を共同で生み出す。
- 対立を成長の機会と捉え、建設的な対話を通じて乗り越えるチームの能力を高める。
期待される効果:
- 意見対立によるチーム内の溝や不信感の軽減。
- チームの課題解決能力と創造性の向上。
- メンバー間の相互理解と共感の促進。
- 共同で生み出した解決策に対するチーム全体のコミットメント強化。
- 心理的安全性の向上と、多様な意見を歓迎するチーム文化の醸成。
ワークショップの準備
円滑なワークショップ進行のためには、事前の準備が重要です。
- 参加者: 意見対立に関わる主要なチームメンバー。必要に応じて、関連する他のチームや部署の代表者、プロダクトオーナーなどが参加することも有効です。公平な立場を保てるファシリテーターは必須です。
- 時間: 問題の複雑さや参加人数によりますが、90分から120分程度を目安とします。特に最初の段階で対立の背景を深く掘り下げる時間を確保することが重要です。
- 場所・ツール: 参加者が自由に書き込み、アイデアを共有できる広い壁面とホワイトボード、またはオンラインホワイトボードツール(Miro、Muralなど)が必要です。付箋またはオンライン付箋ツール、筆記用具も準備します。リモート環境の場合は、音声・ビデオ通話ツールも必須です。
- ファシリテーター: 中立的な立場でプロセスを管理し、参加者間の対話を促進するスキルを持つ人が担います。ファシリテーターは特定の意見に加担せず、全ての参加者が安全に発言できる場を作ることに責任を持ちます。
- 事前準備: ワークショップの目的と進め方、そして「対話のルール」について、参加者に事前に共有しておくと、当日の混乱を防ぎ、安心して臨むことができます。対話のルールは、例えば「相手の意見を最後まで聞く」「非難や人格攻撃をしない」「『私は〜と思う』といった『Iメッセージ』で話す」「守秘義務を守る」など、チームの状況に合わせて設定します。
ワークショップの手順
以下に、共同創造ワークショップの具体的な手順を示します。時間の配分は目安であり、チームの状況に合わせて調整してください。
ステップ1:対立状況の共有と問題の明確化(15分)
まず、現在起きている意見対立の状況を客観的に共有します。ファシリテーターは、感情的な側面を排し、どのような事実や状況に対して意見が分かれているのかを明確にするように促します。
- 各参加者は、現在感じている問題点、懸念、不満などを、事実に基づき、自身の感情や解釈を混じえすぎずに率直に共有します。
- 「私は〜という状況を見て、〇〇だと感じています」「私の理解では、この問題の核心は△△にあると考えます」のように、「Iメッセージ」で話すことを推奨します。
- ファシリテーターは、共有された内容をホワイトボードなどに可視化し、参加者全員で共通認識を持てるようにまとめます。この段階では、まだ解決策について議論しません。
ステップ2:対立の背景にあるニーズや価値観の探求(30分)
このステップは、共同創造において最も重要な部分です。表面的な意見の対立のさらに奥にある、それぞれのメンバーが本当に大切にしていること、その意見を持つに至った動機、達成したい目的、隠れた懸念などを探求します。
- ファシリテーターは、参加者に対して「なぜその意見を持つのでしょうか?」「その意見の背景にある、あなたにとって最も大切なことは何ですか?」「それを実現することで、チームやプロダクトにとって何が良くなると期待しますか?」「もしそれが実現できなかった場合、どのような懸念がありますか?」といった質問を投げかけます。
- 参加者は、これらの質問に対して、自分の内面を深く掘り下げて考え、言葉にします。他の参加者は、批判や反論をせず、ただひたすら耳を傾け、相手を理解しようと努めます(アクティブリスニング)。
- 明らかになったニーズや価値観(例: 「品質の安定性」「開発スピード」「新しい技術の探求」「顧客満足度」「チームワーク」など)をホワイトボードに書き出し、対立する意見が、実は共通の目的(例: 「プロダクトの成功」「チームの成長」)に向けた異なるアプローチや、異なる側面に焦点を当てた結果であることを理解できるように促します。
ステップ3:多様な視点からのアイデア発想(30分)
ステップ2で明らかになった多様なニーズや価値観を全て満たすような、あるいはそれらを高次元で両立させるようなアイデアを自由に発想します。
- 従来の意見対立の枠組みにとらわれず、「もし〇〇だったらどうなる?」「全く新しい視点から見ると?」といった問いかけで、思考を解放します。
- ステップ2で抽出された様々なニーズや価値観を組み合わせてみる(例: 「品質の安定性」と「開発スピード」を両立させる方法?)。
- ブレインストーミングのルール(批判禁止、自由奔放、質より量、結合・改善)を徹底します。
- 全てのアイデアを付箋に書き出し、ホワイトボードに貼り出します。
ステップ4:アイデアの統合と解決策の共同創造(20分)
出された大量のアイデア群を整理し、ステップ2で探求した多様なニーズや価値観を最も良く満たす可能性のある解決策を、チームで共同で作り上げていきます。
- アイデアを類似性でグルーピングしたり、特定のニーズや価値観との関連性で分類したりします。
- 複数のアイデアを組み合わせたり、発展させたりして、より包括的で革新的な解決策のプロトタイプを考えます。
- 議論を通じて、実現可能性、期待される効果、チームへの影響などを考慮しながら、最も有望な解決策を数点に絞り込みます。単に多数決ではなく、それぞれの解決策が持つメリット・デメリット、そしてどのニーズや価値観を特に満たすのかを丁寧に議論します。
ステップ5:次のアクションプランの合意(10分)
共同で作り上げた解決策を、実際の行動に繋げるための具体的なアクションプランを定義し、チームで合意します。
- 決定した解決策を実行可能なタスクリストに分解します。
- それぞれのタスクに対して、担当者、期日、完了の定義などを明確に割り当てます。
- これらのアクションプランについて、チーム全員で最終的な合意を確認します。誰か一人でも懸念があれば、それを取り除くための対話を再度行います。
- ワークショップの振り返りを行い、今回のプロセスで学んだこと、次回改善したいことなどを共有します。
成功のためのポイントと注意点
- 心理的安全性の確保: 何よりも、メンバーが自分の意見や感情、そして本当の懸念を安心して表明できる環境を作ることが不可欠です。ファシリテーターは、非難や攻撃的な言動に対しては毅然と対応し、全てのメンバーの発言を尊重する姿勢を示してください。
- ファシリテーターのスキル: ファシリテーターは、中立性を保ち、参加者間の対話を促進し、時間管理を行う重要な役割を担います。特にステップ2のような内面を探求するプロセスでは、適切な質問を投げかけ、傾聴するスキルが求められます。
- 対話ルールの徹底: 事前に決めた対話ルールをワークショップ中も意識的に守るよう、ファシリテーターが適宜促します。
- 感情への配慮: 意見対立には感情が伴うことが多いです。感情的になりそうな場面では、一時的に休憩を挟むなど、冷静さを取り戻せるような配慮が必要です。感情自体を否定せず、「〜という状況で、あなたは〇〇という感情を抱いたのですね」のように、感情を受け止める姿勢を示すことも有効です。
- 事前の状況共有: もし可能であれば、ワークショップの前に、各参加者が現在の対立状況について、簡単に文章化したり、箇条書きにしたりして共有しておくと、ステップ1がスムーズに進むことがあります。
- 継続的なフォローアップ: ワークショップで決定したアクションプランの進捗を確認し、必要に応じて再調整するためのフォローアップミーティングを設定します。また、今回のワークショップの経験を、今後のチーム活動にどのように活かせるかを定期的に振り返ります。
まとめ
意見対立は、適切に扱われれば、チームの創造性を刺激し、より深く本質的な問題解決へと導く強力な推進力となります。本稿でご紹介した共同創造ワークショップは、意見対立を恐れるのではなく、それを多様な視点の源泉として活用し、チーム全体で革新的な解決策を生み出すための具体的な実践手法です。
このワークショップを継続的に実践することで、チームは対立を乗り越えるスキルを高めるだけでなく、相互理解を深め、心理的安全性を向上させ、最終的にはより強固で創造的なチームへと成長していくでしょう。ぜひ、皆様のチームでもこのワークショップを試していただき、対立を共同創造の機会に変えてみてください。