【実践ワーク】チームで合意形成する優先順位決定ワークショップ
はじめに
チームで活動していると、解決すべき課題や取り組むべきタスクが次々と生まれてきます。しかし、時間やリソースには限りがあるため、すべてに同時に取り組むことは困難です。このような状況で、チームとして「何に、いつ、どのくらいの力を入れて取り組むべきか」を明確にすることは、成果を最大化し、無駄を削減するために不可欠です。
特にソフトウェア開発チームにおいては、プロダクトバックログの優先順位付け、技術的負債への対応、バグ修正の優先順位など、常に多くの選択肢の中から重要なものを選び出す必要に迫られます。この優先順位付けプロセスをチーム全員で共通認識を持ち、合意形成しながら進めることが、その後のスムーズな実行とチーム全体の納得感に繋がります。
しかし、個々のメンバーの視点や関心は異なるため、優先順位に関する意見が対立することも少なくありません。本記事では、このような状況を乗り越え、チームで効果的に優先順位を合意形成するための実践的なワークショップ手法について解説します。
なぜチームでの優先順位決定が重要なのか
個々人がバラバラに優先順位を決めてしまうと、以下のような問題が発生する可能性があります。
- 方向性の不一致: チーム全体の目標達成に繋がらないタスクにリソースが分散してしまう。
- 手戻りの発生: 後になってから、実は別のタスクの方が重要だったと気づき、やり直しが発生する。
- 非効率な協業: メンバー間のタスクの依存関係や連携が考慮されず、待ち時間やコミュニケーションコストが増加する。
- 士気の低下: 自分の取り組んでいるタスクが本当に重要なのか不明確になり、モチベーションが維持しにくくなる。
チームで優先順位を決定し、合意形成することで、これらの問題を回避し、チーム全体が同じ方向を向いて、最も価値の高いことに集中できるようになります。これは、限られたリソースの中で最大の成果を出すための基盤となります。
チームで合意形成する優先順位決定ワークショップの目的
このワークショップの主な目的は以下の通りです。
- 解決すべき課題や取り組むべきタスクを明確にする。
- チーム全体で共通の基準に基づき、それぞれの重要度や優先度を評価する。
- 評価結果についてチームで議論し、納得感のある優先順位を合意形成する。
- 決定した優先順位をチーム全体で共有し、今後の行動指針とする。
ワークショップの進め方と具体的な手法
チームの状況や優先順位付けの対象によって最適な手法は異なりますが、基本的な流れといくつかの代表的な手法を紹介します。
ワークショップの基本的な流れ
-
準備フェーズ:
- 目的の明確化: 何の優先順位を決めるのか(例: 次期スプリントで取り組むバックログ、技術的負債解消タスク、新規機能候補など)、ワークショップの具体的なゴールを明確にします。
- 対象のリストアップ: 優先順位付けを行う対象(課題、タスク、アイデアなど)を網羅的にリストアップします。事前に各自がリストアップしておき、ワークショップで統合・整理する方法も有効です。
- 参加者の選定: 優先順位付けに関わる意思決定権や情報を持つ適切なメンバーを選定します。開発チーム、プロダクトオーナー、関係部署など、必要に応じて調整します。
- 場所とツールの準備: 対面の場合は会議室、オンラインの場合はビデオ会議ツール、ホワイトボードや付箋、オンラインホワイトボードツール(Miro, Muralなど)を準備します。
- 時間の見積もり: 対象の数や議論の深さによって時間は変動しますが、数時間〜半日程度を目安とします。休憩時間も考慮に入れます。
- 基準の検討(オプション): 後述する手法によっては、事前に優先順位付けの評価基準(例: ユーザーへの価値、開発コスト、リスク、学習効果など)をいくつか検討しておくとスムーズです。
-
実施フェーズ:
- 導入(10分):
- ワークショップの目的とゴール、タイムスケジュール、使用する手法を参加者全員で共有します。
- 優先順位付けを行う対象リストを確認し、不明点があれば解消します。
- ワークショップ中のルール(例: 互いの意見を尊重する、時間内に議論を収めるなど)を確認します。
- 個別評価/検討(手法による):
- リストアップされた対象それぞれについて、後述する手法に基づき、参加者が個別に評価したり、優先順位を検討したりする時間を設けます。
- 共有と議論(時間の大部分):
- 個別の評価結果や検討内容をチーム全体で共有します。
- 共有された結果に基づき、なぜそのように評価したのか、他のメンバーはどう思うのか、といった点を議論します。意見の対立がある場合は、その背景にある考え方や基準の違いを掘り下げます。
- 優先順位の決定と合意形成:
- 議論を通じて、チームとしての最終的な優先順位を決定します。
- 決定した優先順位について、参加者全員が納得できるかを確認し、合意を形成します。完全な一致が難しくても、「ベターな選択として受け入れる」というレベルでの合意を目指します。
- 決定事項の記録:
- 決定した優先順位と、その決定に至った主な理由を明確に記録します。後から見返せるように、共有しやすい形で残すことが重要です。
- 導入(10分):
-
終了フェーズ:
- 結果の共有: 決定した優先順位リストを改めて全体で確認します。
- 次のステップ: 決定した優先順位に基づき、誰が、いつから、何に取り組むのかなど、具体的な次のアクションを確認します。
- 振り返り(オプション): ワークショップの進め方自体に改善点がないか、短い時間で振り返ることも有効です。
- 感謝: 参加者の協力に感謝を伝えて終了します。
代表的な優先順位決定手法
いくつかの代表的な手法を具体的な手順とともに紹介します。チームの状況や対象に応じて使い分けてください。
手法1: MoSCoW分析 (Must, Should, Could, Won't)
この手法は、対象を以下の4つのカテゴリに分類することで優先順位を明確にします。シンプルで直感的に理解しやすいため、比較的短時間で実施できます。
- Must: 絶対に必要不可欠なもの。これがないと失敗する。
- Should: 必要だが、Mustほど重要ではないもの。可能であれば実現したい。
- Could: あればいいが、なくても問題ないもの。リソースに余裕があれば取り組む。
- Won't: 今回は取り組まないもの。将来的に検討する可能性はあるが、現時点では対象外。
手順:
- リストアップした対象(タスク、機能など)を一つずつ取り上げます。
- 各参加者が、その対象がMust, Should, Could, Won'tのどれに該当するかを検討します。
- それぞれの対象について、チーム全体で議論し、合意に基づいてカテゴリを決定します。付箋に書いてホワイトボードやオンラインツール上で移動させていくと視覚的に分かりやすいです。
- 決定したカテゴリに基づき、Must > Should > Could の順で優先順位を決定します。Won'tは今回取り組まないものとして区別します。
ポイント: * カテゴリ分けの基準(例: リリースに必要なものか、顧客価値は高いかなど)を事前にチームで話し合っておくと、議論がスムーズに進みます。 * Mustが多すぎると破綻しやすいため、本当に「絶対必要か」を厳しく評価することが重要です。
手法2: 2軸プロット図
これは、二つの異なる評価基準(例: ユーザーへの価値 vs. 実現容易性、緊急度 vs. 重要度など)を用いて対象を平面上に配置し、優先順位を視覚的に決定する手法です。
手順:
- 優先順位付けの基準となる二つの軸を決定します。(例: 横軸「実現容易性:低い ←→ 高い」、縦軸「顧客への価値:低い ←→ 高い」)
- ホワイトボードやオンラインツールのキャンバス上に、その二つの軸で構成される四象限(またはそれ以上)のプロット図を作成します。
- リストアップした対象を一つずつ取り上げ、チームで議論しながら、その対象が二つの軸上でどの位置にプロットされるかを決定します。付箋に書いて貼っていくと良いでしょう。
- すべての対象をプロットした後、図全体の配置を見ながら優先順位を決定します。
- 例: 「価値が高く、実現容易性が高い」象限のものが最優先。
- 例: 「価値は高いが、実現容易性が低い」ものは長期的な検討や技術的な調査が必要。
- 例: 「価値が低く、実現容易性も低い」ものは優先度を低くするか、見送る。
- プロット図の視覚情報と議論を通じて、最終的な優先順位リストを作成します。
ポイント: * どの基準を軸にするかが重要です。ワークショップの目的に合わせて適切な軸を選びましょう。 * プロットする位置は、参加者全員の意見を聞きながら、あくまでチームとしての共通認識として決定します。
手法3: ペアワイズ比較法
リストアップされた対象を、すべての組み合わせで二つずつ比較し、「どちらが優先度が高いか」を決定していく方法です。総当たり戦のようなイメージです。比較的回数が多くなりますが、複数の対象間の相対的な優先度を厳密に決定したい場合に有効です。
手順:
- リストアップした対象をA, B, C, D...とします。
- 対象のすべての組み合わせ(A vs B, A vs C, A vs D, B vs C, B vs D, C vs D...)について比較を行います。
- 比較ごとに、「どちらが優先度が高いか」をチームで議論し決定します。引き分けの場合は、より詳細な議論が必要かもしれません。
- すべてのペアの比較が完了したら、それぞれの対象が他の対象に比べて「優先度が高い」と判断された回数を集計します。
- 「優先度が高い」と判断された回数が多い順に、優先順位を決定します。
ポイント: * 比較対象の数が多いと比較回数が爆発的に増えるため、対象をある程度絞ってから行うか、MoSCoW分析などで大まかに分類してから行うと効率的です。 * 比較の基準(何をもって優先度が高いとするか)を明確にしてから比較を開始することが重要です。
ワークショップ実施の注意点
- 明確な基準設定: 優先順位を評価する際の基準(ユーザー価値、ビジネスインパクト、開発コスト、リスクなど)を事前に共有し、全員が同じ基準で考えられるようにします。
- 全員参加の促進: すべての参加者が意見を述べやすい雰囲気を作り、特定のメンバーの意見に偏らないようにファシリテーターが調整します。発言が少ないメンバーにも問いかけを行うと良いでしょう。
- 意見の尊重: 異なる意見が出た場合でも、頭ごなしに否定せず、なぜそう考えるのか、その背景にある情報は何か、といった点を丁寧にヒアリングします。
- 時間の管理: 予定時間内に目的を達成できるよう、各議論に適切な時間を割り当て、タイマーなどを用いて意識的に時間管理を行います。議論が白熱しすぎた場合は、一度休憩を挟むなども有効です。
- ファシリテーション: ワークショップの進行役(ファシリテーター)は、中立的な立場で議論を促進し、参加者の発言を引き出し、意見の整理や合意形成をサポートする重要な役割を担います。経験のあるメンバーが担当するか、必要であれば外部のファシリテーターに依頼することも検討します。
- 決定事項の記録と共有: 決定した優先順位とその理由は、後から参照できるよう正確に記録し、議事録としてチーム内外の関係者に共有します。
具体的なシナリオ例
シナリオ: アジャイル開発チームが、次期スプリントで取り組むべきバックログアイテムの優先順位を決定するワークショップ。
-
準備:
- 目的: 次期スプリント(例: 期間2週間)で完了すべきバックログアイテムの優先順位決定。
- 対象: プロダクトバックログの上位にある、サイズ見積もり済みのアイテム群(例: 15個程度)。
- 参加者: 開発チームメンバー、スクラムマスター、プロダクトオーナー。
- ツール: オンラインホワイトボード(Miroなど)、ビデオ会議ツール。
- 時間: 2時間。
- 基準: 顧客への価値、ビジネス目標への貢献度、開発にかかる労力/リスク、技術的負債への影響。
-
実施:
- 導入: 目的と流れを確認。スプリントゴールを再確認。
- 個別評価/検討: 各メンバーが、バックログアイテムそれぞれについて、上記の基準に基づき評価(例: 5段階評価)をオンラインホワイトボード上のアイテムに匿名で記入。
- 共有と議論: 各アイテムについて、評価結果を共有し、評価が分かれたアイテムを中心に議論。プロダクトオーナーは顧客価値やビジネス背景を説明。開発チームは開発上の技術的考慮事項やリスクを説明。ファシリテーターは議論を整理し、論点を明確にする。
- 優先順位の決定: MoSCoW分析や2軸プロット図(例: 顧客価値 vs 開発労力)などの手法を活用し、議論の結果に基づきチームとして納得できる優先順位を決定。プロダクトオーナーが最終的な判断を尊重しつつも、チームの意見を最大限に取り入れる。
- 決定事項の記録: 優先順位が決定したバックログリストをオンラインホワイトボード上で整理し、その理由も簡潔に記入。
-
終了: 決定したスプリントバックログと優先順位を共有し、全員で確認。次スプリントの計画へと繋げる。
まとめと次のステップ
チームでの優先順位決定は、単なるタスク管理ではなく、チーム全体の目的達成に向けた意思統一と合意形成の重要なプロセスです。本記事で紹介したワークショップは、このプロセスを構造化し、効率的かつ効果的に進めるための実践的な手法です。
MoSCoW分析、2軸プロット図、ペアワイズ比較法など、様々な手法がありますが、重要なのは「どの手法を使うか」よりも、「チーム全員が共通の基準で議論し、納得感を持って合意形成するプロセスを経る」ことです。
今回決定した優先順位は静的なものではありません。状況の変化に応じて、定期的に見直しや再優先順位付けのワークショップを行うことが、変化の速い現代においては不可欠です。
ぜひ、本記事を参考に、皆様のチームで優先順位決定ワークショップを実践し、チームのパフォーマンス向上と合意形成力の強化に繋げていただければ幸いです。実践を通じて、皆様のチームに最適な優先順位付けのスタイルを確立していってください。