【実践ワーク】チームの振り返りを深めるプラクティス活用ワークショップ
チームの振り返りを形骸化させない:深い洞察を引き出すプラクティス活用ワークショップ
チームの継続的な改善活動において、振り返り(レトロスペクティブ)は不可欠な要素です。しかし、毎回同じような話に終始したり、表面的な課題に留まったりして、形骸化してしまうという課題を抱えるチームも少なくありません。本稿では、チームの振り返りの質を高め、より深い洞察を得て、具体的な改善行動へと繋げるための実践的なプラクティスとその活用方法を、ワークショップ形式で解説します。
なぜ振り返りが形骸化するのか
振り返りが形骸化する主な要因としては、以下が挙げられます。
- 目的の曖昧さ: 何のために振り返りをするのか、チーム内で共有されていない。
- 一方的な発言: 特定のメンバーだけが話し、他のメンバーは受け身になっている。
- 具体的な議論の欠如: 抽象的な感想で終わり、具体的な課題や改善策に繋がらない。
- 心理的安全性の不足: 本音で話せず、問題点を隠してしまう。
- マンネリ化: 常に同じ形式で実施し、新鮮さや創造性が失われる。
これらの課題を克服し、振り返りをチームの成長エンジンとするためには、目的に応じて適切なプラクティスを選択し、意図的に活用することが重要です。
振り返りの基本的な流れとプラクティスの位置づけ
効果的な振り返りは、一般的に以下の5つのフェーズで構成されます。
- 準備: 振り返りの目的設定、時間と場所の確保、必要なツールの準備など。
- 状況を設定する: 参加者がリラックスし、安全な雰囲気で話せるように場を作る。チェックインなども有効です。
- データを収集する: 振り返りの対象期間に発生した事実や出来事を収集・共有します。何が起こったか、どう感じたかなど。
- 洞察を生成する: 収集したデータから、パターン、原因、学び、課題などを深く掘り下げて分析します。なぜそれが起こったのか?何が影響したのか?
- 何をすべきか決定する: 洞察に基づき、次回のイテレーションや活動で取り組む具体的な改善アクションを決定します。
ここで紹介するプラクティスは、主に「3. データを収集する」と「4. 洞察を生成する」のフェーズで活用することで、議論を活性化し、表面的な出来事の羅列に留まらず、その背景にある要因や学びを深く引き出すことを目指します。
深い洞察を引き出す代表的な振り返りプラクティス
ここでは、いくつかの代表的なプラクティスを紹介し、チームで実践するワークショップ形式での進め方を解説します。
プラクティス1:4Ls (Liked, Learned, Lacked, Longed For)
対象期間を振り返り、「良かったこと (Liked)」「学んだこと (Learned)」「足りなかったこと (Lacked)」「今後こうありたいこと/望むこと (Longed For)」の4つの視点からデータを収集し、洞察を深めます。
ワークショップ手順:
- 導入 (5分): 本日の振り返りの目的と、4Lsのフレームワークを説明します。
- 個人ワーク - データ収集 (10分): 各参加者は、振り返り対象期間について、以下の4つのカテゴリごとに考えられることを付箋やオンラインツール(Miro, Muralなど)に書き出します。
- Liked: 良かったこと、うまくいったこと、ポジティブな経験
- Learned: 新しく学んだこと、気づき、教訓
- Lacked: 足りなかったこと、改善が必要なこと、不足していたもの
- Longed For: 今後こうしたい、こうなりたい、改善によって得たい状態 各項目につき、複数の付箋を書いても構いません。
- 共有とグルーピング (15分):
- 各参加者が、カテゴリごとに順番に書き出した付箋を発表し、内容を簡単に説明します。
- ファシリテーターは、似た内容の付箋をまとめてグルーピングします。
- 洞察の生成 (15分): グルーピングされた内容や、特に注目すべき付箋について、チーム全体で議論します。
- 「なぜこれがうまくいった/うまくいかなかったのか?」
- 「ここからどんな学びが得られるか?」
- 「何が不足していたことが、どんな結果に繋がったのか?」
- 「私たちが本当に望んでいる状態は何で、現状とのギャップは何か?」 これらの問いかけを通じて、表面的な出来事の裏にある原因や構造を掘り下げます。
- アクション決定 (10分): 議論を通じて明らかになった課題や、Longed Forの状態を実現するために、具体的な改善アクションをいくつか決定します。優先順位をつけ、誰が、いつまでに実行するのかを明確にします。
- クロージング (5分): 決定したアクションを確認し、次回の振り返りまでのコミットメントを確認します。チェックアウトなどを行います。
効果を出すためのポイント:
- 時間の確保: 各フェーズに十分な時間を確保し、特に洞察の生成に時間を割くことが重要です。
- バランス: PositveなLiked/Learnedと、NegativeなLacked/Longed Forの両方に等しく焦点を当てることで、チームの強みと改善点の両方を明確にできます。
- 心理的安全性: LackedやLonged Forについて、非難ではなく建設的な視点で話せる雰囲気作りが不可欠です。
プラクティス2:Mad Sad Glad
振り返り対象期間を振り返り、「腹が立ったこと (Mad)」「悲しかったこと (Sad)」「嬉しかったこと (Glad)」という感情の視点からデータを収集し、その感情がどこから来たのかを掘り下げます。
ワークショップ手順:
- 導入 (5分): 本日の振り返りの目的と、Mad Sad Gladのフレームワークを説明します。感情の視点から振り返ることで、普段見過ごしがちな出来事や、その出来事に対する個々のメンバーの感じ方を共有できることを伝えます。
- 個人ワーク - データ収集 (10分): 各参加者は、振り返り対象期間について、以下の3つのカテゴリごとに感情を動かされた出来事を付箋やオンラインツールに書き出します。
- Mad: 腹が立ったこと、イライラしたこと、不満に思ったこと
- Sad: 悲しかったこと、残念だったこと、落ち込んだこと
- Glad: 嬉しかったこと、楽しかったこと、感謝していること 感情だけでなく、その感情を引き起こした出来事を具体的に書くように促します。
- 共有とグルーピング (15分):
- 各参加者が、カテゴリごとに順番に書き出した付箋を発表し、内容を簡単に説明します。(感情そのものではなく、出来事とその感情について話します。)
- ファシリテーターは、関連する出来事や、同じような感情を引き起こした出来事をまとめてグルーピングします。
- 洞察の生成 (15分): グルーピングされた内容について、チーム全体で議論します。
- 「なぜこの出来事に対してMad/Sad/Gladと感じたのか?」
- 「この感情の背景にあるものは何か?」
- 「Mad/Sadな出来事を減らすにはどうすれば良いか?」
- 「Gladな出来事を増やすにはどうすれば良いか?」 感情の起点となった出来事や、その感情がチームのパフォーマンスや雰囲気にどう影響したかなどを掘り下げます。
- アクション決定 (10分): 議論を通じて明らかになった、感情的な側面から見た課題や、ポジティブな感情を増やすための具体的な改善アクションを決定します。
- クロージング (5分): 決定したアクションを確認し、次回の振り返りまでのコミットメントを確認します。
効果を出すためのポイント:
- 感情の安全な共有: 感情は非常に個人的なものであるため、非難や否定のない、安全な環境で共有されることが最も重要です。ファシリテーターは特にデリケートに対応する必要があります。
- 出来事への焦点: 感情そのものではなく、「その感情を引き起こした出来事」に焦点を当てることで、具体的な改善点を見つけやすくなります。
- 共感の促進: 他のメンバーがどのような感情を抱いていたかを知ることで、相互理解と共感が深まります。
プラクティス3:Starfish Retrospective
振り返り対象期間のチームの活動について、「もっとたくさんやるべきこと (More Of)」「もっと少なくすべきこと (Less Of)」「続けるべきこと (Keep Doing)」「やめるべきこと (Stop Doing)」「新しく始めるべきこと (Start Doing)」という5つの視点から議論し、行動の改善に焦点を当てます。
ワークショップ手順:
- 導入 (5分): 本日の振り返りの目的と、Starfishのフレームワークを説明します。チームの行動に直接焦点を当て、具体的な改善アクションに繋がりやすいフレームワークであることを伝えます。
- 個人ワーク - データ収集 (10分): 各参加者は、振り返り対象期間のチームの活動について、以下の5つのカテゴリごとに考えられることを付箋やオンラインツールに書き出します。
- More Of: もっとたくさんやるべきだった、量を増やしたい行動や活動
- Less Of: もっと少なくすべきだった、量を減らしたい行動や活動
- Keep Doing: うまくいっているので、続けるべき行動や活動
- Stop Doing: うまくいっていない、やめるべき行動や活動
- Start Doing: 新しく始めるべき行動や活動、試してみたいこと 行動や活動に具体的に焦点を当てることがポイントです。
- 共有とグルーピング (15分):
- 各参加者が、カテゴリごとに順番に書き出した付箋を発表し、内容を簡単に説明します。
- ファシリテーターは、似た内容の付箋をまとめてグルーピングします。
- 洞察の生成 (15分): グルーピングされた内容について、チーム全体で議論します。
- 「なぜこの行動をMore Of/Less Ofすべきなのか? その背景にある理由は?」
- 「Keep Doingは何がうまくいっているから続けるのか?」
- 「Stop Doingする行動は、チームにどのような悪影響を与えているのか?」
- 「Start Doingすることで、どのような変化や改善が期待できるのか?」 それぞれの行動の背後にある意図、効果、影響などを掘り下げて理解します。
- アクション決定 (10分): 議論を通じて、More Of, Less Of, Stop Doing, Start Doing の中から、次回の活動で取り組む具体的な改善アクションをいくつか決定します。Keep Doingについても、なぜそれが重要なのかを再確認します。
- クロージング (5分): 決定したアクションを確認し、次回の振り返りまでのコミットメントを確認します。
効果を出すためのポイント:
- 行動への焦点: チームの「状態」ではなく「行動」に焦点を当てることで、より具体的な改善策に繋がりやすくなります。
- More/Lessのバランス: 極端なStop/Startだけでなく、現在の行動の量を調整するMore/Lessの視点があることで、現実的な改善策が出やすくなります。
- 議論の深掘り: なぜその行動をMore/Less/Stop/Startするのか、その理由や期待される効果をチームでしっかり議論することが、納得感のあるアクション決定に繋がります。
ワークショップ成功のための共通のヒント
どのプラクティスを実施する場合でも、以下の点に注意することでワークショップの効果を高めることができます。
- 明確な目的設定: 毎回、何のためにこの振り返りを行うのか、どのような状態を目指すのかを明確に共有します。
- 時間管理: 各フェーズに適切な時間を割り当て、タイマーを活用して時間通りに進めます。
- ファシリテーション: 参加者全員が意見を出しやすい雰囲気を作り、特定の意見に偏らないように議論を誘導します。必要に応じて質問を投げかけ、議論を深めます。
- 心理的安全性の確保: どのような意見も尊重されるというチーム文化が不可欠です。オープンな対話を奨励し、非難を避けます。
- 具体的なアクションへの繋げ: 振り返りで得られた洞察を具体的な改善アクションに落とし込み、誰がいつまでに実行するのかを明確にします。そして、次の振り返りでそのアクションの進捗や効果を必ず確認します。
- 形式の変更: チームの状況や目的に合わせて、様々なプラクティスを試したり、組み合わせたりすることで、振り返りのマンネリ化を防ぎ、常に新鮮な視点を取り入れることができます。
まとめ
チームの振り返り(レトロスペクティブ)は、単なる過去の出来事の共有ではなく、チームが学び、成長し、より良い未来を創造するための重要なプロセスです。本稿で紹介した4Ls, Mad Sad Glad, Starfishといったプラクティスは、チームの行動、感情、学びといった異なる側面に光を当て、表面的な課題に留まらない深い洞察を引き出すための有効なツールです。
これらのプラクティスをワークショップ形式でチームに取り入れることで、参加者全員が主体的に振り返りに参加し、多様な視点からチームの状態を分析し、納得感のある改善アクションを決定できるようになります。ぜひあなたのチームでこれらのプラクティスを実践し、振り返りの質を高め、継続的なチーム力向上に繋げてください。
重要なのは、一度実施して終わりではなく、定期的にこれらのプラクティスを活用し、チームの「振り返る力」そのものを鍛えていくことです。継続的な実践を通じて、あなたのチームはより早く学び、変化に適応し、高い成果を出し続けることができるようになるでしょう。