【実践ワーク】チームで潜在的なリスクを特定し、共通認識を持つワークショップ
チームでの問題解決や意思決定の場面では、すでに顕在化している課題への対応だけでなく、将来起こりうる潜在的な問題、つまり「リスク」に proactively に備えることが非常に重要です。特にソフトウェア開発チームにおいては、技術的な不確実性、要件の変更、チーム内のコミュニケーションミスなど、様々なリスクがプロジェクトの成功を妨げる可能性があります。
本記事では、チーム全体で協力して潜在的なリスクを特定し、それらに対する共通認識を持つための実践的なワークショップをご紹介します。このワークショップを通じて、予期せぬ事態への備えを強化し、より安定したチーム運営とプロジェクト遂行を目指します。
なぜチームでリスク特定と共有が必要なのか
リスクは、単に悪いことが起こる可能性というだけでなく、計画や目標達成を阻害する可能性のあるあらゆる不確実性を指します。チームでリスクを特定し共有することには、以下のメリットがあります。
- 問題の未然防止または影響の最小化: 潜在的なリスクを事前に認識していれば、発生確率を減らしたり、発生した場合の影響を抑えるための対策を講じることができます。
- 予期せぬ事態への冷静な対応: リスクを事前に想定していれば、実際に問題が発生した際にも慌てず、落ち着いて対応できます。
- チームの共通認識の構築: チームメンバーそれぞれが抱える懸念や不安を共有することで、互いの視点を理解し、チーム全体としてリスクに対する共通認識を持つことができます。
- 心理的安全性の向上: チーム内で自由に懸念事項を提起できる雰囲気は、心理的安全性を高め、オープンなコミュニケーションを促進します。
このワークショップの目的は、チームメンバー一人ひとりの知識や経験を結集し、チームが直面する可能性のある潜在的なリスクを網羅的に洗い出し、それらを評価し、共通認識を持つことです。
リスク特定・共有ワークショップの進め方
ここでは、チームで実践できるリスク特定・共有ワークショップの具体的な手順を解説します。
準備
- 目的の明確化: なぜ今、このワークショップを行うのか、目的をチームで共有します。特定のプロジェクトのリスク洗い出しなのか、チーム運営に関するリスクなのかなど、焦点を明確にすると効果的です。
- 参加者の選定: ワークショップには、プロジェクトに関わる全ての主要メンバー(開発者、テスター、プロダクトオーナー、スクラムマスターなど)が参加することが望ましいです。多様な視点からリスクを洗い出すことができます。
- 時間・場所の確保: 1時間半から2時間程度を確保しましょう。集中できる環境を用意します。オンラインの場合は、ビデオ会議ツールとオンラインホワイトボードツール(Miro, Muralなど)が必要です。
- 必要なツールの準備: 付箋(またはオンライン付箋)、ペン、ホワイトボード(またはオンラインホワイトボードツール)。必要に応じて、リスクマトリクスのテンプレートなども準備しておくとスムーズです。
- ファシリテーターの選定: 議論を円滑に進め、時間管理を行うファシリテーターを決めます。
ワークショップのフェーズ
フェーズ1:リスクの洗い出し (20-30分)
このフェーズでは、チームメンバーそれぞれが思いつく潜在的なリスクをできるだけ多く洗い出します。
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個人ワーク(10-15分):
- 参加者それぞれが、事前に用意された付箋(またはオンライン付箋)に、チームやプロジェクトにおいて懸念される「潜在的なリスク」を1つずつ書き出します。
- リスクは具体的な事象として記述します。「〜が遅れるかもしれない」「〜のスキルを持つ人がいない」「〜に関する情報が不足している」など。
- 書き出しの視点例: 技術(新しい技術の習得、既存システムの制約)、プロセス(開発フロー、コミュニケーション、意思決定)、人間関係(メンバー間の対立、モチベーション低下)、外部環境(顧客からの要求変更、市場動向)、リソース(人員不足、予算)、情報(共有不足、ドキュメント不足)など。
- 書いた付箋は、ホワイトボード(またはオンラインホワイトボード)に貼り出します。
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共有とグルーピング(10-15分):
- 貼り出された付箋を一つずつ読み上げ、内容を簡単に説明します。
- 内容が似ているリスクや、関連性の高いリスクを近くに移動させ、グループ化します。この過程で、チームメンバー間での認識のずれがあれば議論し、明確化します。
- ポイント: この段階では批判や否定はせず、すべての懸念を尊重する雰囲気を作ることが重要です。
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命名と定義(5分):
- グループ化されたリスク群に、分かりやすい名前を付けます。
- それぞれのグループに属するリスクの内容を簡潔にまとめ、定義を明確にします。
フェーズ2:リスクの評価 (30-40分)
洗い出したリスクについて、その深刻度を評価します。評価基準として「発生可能性」と「発生した場合の「影響度」」を用いるのが一般的です。
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評価基準の確認:
- チームで「発生可能性」と「影響度」の評価基準を定義します。例えば、それぞれを「低」「中」「高」の3段階で評価する、または1〜5などの数値で評価する方法があります。
- 発生可能性: 低(ほとんど起こらない)、中(起こる可能性がある)、高(かなり高い確率で起こる)。
- 影響度: 低(軽微な遅延、小さな手戻り)、中(重要な機能の遅延、顧客満足度低下)、高(プロジェクトの中断、大きな損失)。
- 評価基準の例を事前に示しておくと、議論がスムーズに進みます。
- チームで「発生可能性」と「影響度」の評価基準を定義します。例えば、それぞれを「低」「中」「高」の3段階で評価する、または1〜5などの数値で評価する方法があります。
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リスクの評価:
- 洗い出したリスク群に対し、チームで議論しながら「発生可能性」と「影響度」を評価し、付箋(またはオンライン付箋)に追記します。
- 評価結果を可視化するために、縦軸を「影響度」、横軸を「発生可能性」とした2次元のマトリクス図(リスクマトリクス)を作成し、リスクを配置すると分かりやすいです。右上(発生可能性・影響度ともに高)に位置するリスクが最も対応の優先度が高いと考えられます。
フェーズ3:リスクへの対応検討(概要) (20-30分)
評価が高かったリスクを中心に、どのような対応が考えられるかブレインストーミングを行います。ここでは詳細な計画ではなく、対応の方向性やアイデア出しに留めます。
- 対応の方向性を検討:
- 評価の高いリスクから順に、チームで以下の対応策について検討します。
- 回避 (Avoid): リスク発生の可能性をゼロにする方法(例: 新しい技術の導入をやめる)。
- 軽減 (Mitigate): リスク発生の可能性や、発生した場合の影響を減らす方法(例: 技術習得のための研修を行う、テストを強化する)。
- 移転 (Transfer): リスクを第三者に移す方法(例: 専門業者に外注する、保険をかける)。
- 受容 (Accept): リスクが発生する可能性や影響を許容し、特別な対策は講じない(ただし、発生した場合の対応計画は必要)。
- それぞれの対応策について、簡単なアイデアを付箋に書き出し、リスクと紐づけて貼り出します。
- 評価の高いリスクから順に、チームで以下の対応策について検討します。
フェーズ4:共通認識の構築とネクストステップ (10-15分)
洗い出し、評価、対応策の検討を行ったリスク全体をチームで確認し、共通認識を強固にします。そして、今後のリスク管理のプロセスについて合意します。
- 全体像の確認:
- 洗い出された全てのリスク、その評価、検討された対応策をチーム全体で改めて確認します。特に評価の高かったリスクについては、チームで改めて認識を合わせます。
- 共通認識の確認:
- これでチーム全体としてどのようなリスクが存在し、どれが重要で、どのような方向性で対応を検討していくべきか、共通の理解ができたか確認します。
- ネクストステップの決定:
- このワークショップで洗い出したリスクを、今後どのように管理していくかを決めます。
- 例えば、定期的なリスクレビュー会議を設定する、リスク一覧を共有ツール(Jira, Trelloなどのカンバンボード、Confluenceのドキュメントなど)に登録し、担当者と期限を割り当てて追跡するなど、具体的なアクションを決めます。
- 特に評価が高く、対応策の検討が必要なリスクについては、誰がいつまでに具体的な計画を策定するかを明確にします。
ワークショップを成功させるためのポイント
- 心理的安全性の確保を最優先に: どんな些細な懸念でも、安心して率直に発言できる雰囲気作りが最も重要です。「こんなことを言って嘲笑されないか」「担当者を責めることになるのでは」といった不安があると、重要なリスクが見落とされてしまいます。ファシリテーターは、参加者の発言をすべて肯定的に受け止め、建設的な議論に導く役割を果たします。
- 具体的なリスクに焦点を当てる: 抽象的な懸念ではなく、「〇〇という機能の開発が、△△の技術的な制約により期日までに完了しない可能性がある」「顧客からのフィードバックを収集する仕組みがなく、仕様の認識にずれが生じるリスクがある」のように、具体的で行動につながるリスクとして言語化することを促します。
- 時間管理を意識する: 各フェーズで時間を区切り、タイマーなどを使って可視化すると、集中力を維持しやすくなります。議論が特定のテーマに偏りすぎないよう、ファシリテーターが適宜介入し、次のフェーズへ促します。
- ツールを効果的に活用する: 付箋やオンラインホワイトボードツールは、参加者全員が同時にアイデアを出し、共有し、整理するのに役立ちます。リスクマトリクスなどのテンプレートも、評価結果を視覚的に把握するのに有効です。
- 定期的に実施する: プロジェクトやチームの状態は常に変化します。リスク特定・共有のワークショップは一度行えば終わりではなく、定期的に(例えばスプリントの始めや、マイルストーンの前に)実施することで、常に最新のリスクに対応できるようになります。
まとめ
チームでのリスク特定・共有ワークショップは、単に問題の洗い出しを行うだけでなく、チームのコミュニケーションを活性化し、共通認識を深め、予期せぬ事態への対応力を高めるための強力な実践手法です。このワークショップを通じて、チームはより積極的にリスクに向き合い、それを乗り越えるための準備を進めることができます。
本日ご紹介した手順はあくまで一例です。ぜひ皆さんのチームの状況に合わせて内容を調整し、実践してみてください。継続的なリスク管理は、チームの安定稼働と持続的な成長に不可欠です。このワークショップが、皆さんのチームにおけるリスク管理文化を育む一助となれば幸いです。