【実践ワーク】チームで実践する根本原因分析ワークショップ
チームで活動していると、様々な問題に直面します。例えば、開発プロセスにおけるバグの多発、タスクの見積もり精度が低い、チーム内のコミュニケーション不足による認識の齟齬などです。これらの問題に対して、表面的な対処療法ではなく、その根本にある原因を取り除くことが、再発防止とチームの持続的な成長には不可欠です。
本記事では、チームで協力して問題の根本原因を探り当てるための「根本原因分析ワークショップ」の具体的な進め方について解説します。このワークショップは、単に問題の原因を特定するだけでなく、チーム全体の学習と改善文化の醸成に繋がる強力な手法です。
根本原因分析(Root Cause Analysis: RCA)とは
根本原因分析(RCA)とは、発生した問題やインシデントの最も根本にある原因を特定するための体系的な手法です。表面的な事象や直接的な原因だけでなく、「なぜそれが起きたのか」を繰り返し深掘りすることで、問題の真因にたどり着くことを目指します。
例えば、「本番環境で障害が発生した」という問題に対して、 * 直接的な原因: 「特定の機能にバグがあった」 * 根本原因の一例: 「テストプロセスに不備があり、その種のバグを検出できなかった」「開発者が仕様を誤解していた背景に、仕様書が曖昧だったことと、仕様確認のプロセスがなかったことがある」
このように、真の根本原因に対処することで、類似の問題の再発を防ぐことが可能になります。
なぜチームで根本原因分析を行うべきか
根本原因分析を個人で行うのではなく、チームで行うことには大きなメリットがあります。
- 多角的な視点: チームメンバーそれぞれの経験、知識、立場から多様な視点が持ち込まれ、個人では気づけなかった原因や関連要因を発見しやすくなります。
- 情報の網羅性: 問題に関わる様々な情報やコンテキストがチーム内で共有され、より正確な状況把握が可能になります。
- 納得感と当事者意識: 分析プロセスに全員が参加することで、特定された根本原因や導き出された対策に対するチーム全体の納得感が高まります。これにより、対策の実行に対する当事者意識が醸成されます。
- 学習と成長: 分析プロセス自体が、チームにとって貴重な学びの機会となります。問題の構造やチームの働き方について理解を深め、今後の改善活動に活かすことができます。
根本原因分析ワークショップの進め方
ここでは、チームで根本原因分析を行うためのワークショップ形式の基本的な流れと、いくつかの具体的な手法をご紹介します。
準備:
- 目的の明確化: 何の問題について根本原因を分析するのか、その問題を明確に定義します。特定の障害、繰り返される非効率なプロセスなど、具体的な事象を設定します。
- 参加者: 問題に詳しいメンバー、関連部署のメンバーなど、多角的な視点を持つ多様なメンバーが参加することが望ましいです。通常はチーム全員で行います。
- 時間と場所: 集中して取り組める時間を確保し、議論や図式化がしやすい場所やツールを用意します。オンラインでの実施の場合は、共有可能なホワイトボードツール(Miro, FigJamなど)が有効です。
- ファシリテーター: ワークショップを円滑に進める役割として、中立的な立場のファシリテーターを選出します。ファシリテーターは、議論の促進、時間管理、参加者の発言機会の均等化、特定の原因に決めつけることの防止などを行います。
ワークショップのステップ:
ステップ1: 問題の明確化と範囲設定 (約15-30分)
ワークショップの最初に、今回の分析対象となる問題について、チーム全員で共通認識を持ちます。
- 何が起きたのか? 問題の事象、発生日時、影響範囲などを具体的に記述します。曖昧な表現ではなく、客観的な事実に基づいた記述を心がけます。「なぜか遅延した」ではなく、「〇月〇日〇時にシステムAの処理Bが、通常〇分で完了するところ、〇時間かかった」のように具体的にします。
- それはなぜ問題なのか? その問題がチームやユーザー、ビジネスにどのような影響を与えているのかを確認します。
- 今回の分析の範囲: どこまでの深さ、あるいはどこまでの期間を遡って原因を探るのか、分析の範囲を合意します。あらゆる可能性を深掘りしすぎると時間が足りなくなるため、事前にスコープを定めておくことが重要です。
このステップでは、付箋やホワイトボードを使って、問題に関する既知の事実や観測された事象を書き出し、共有することから始めると良いでしょう。
ステップ2: データの収集と事実の整理 (ワークショップ外で事前に行うことも推奨)
問題発生時のログ、関係者からのヒアリング情報、関連ドキュメントなど、問題に関する客観的なデータを可能な限り収集し、整理します。この作業はワークショップの前に担当者を決めて行っておくと、ワークショップ当日の時間を有効に使えます。ワークショップの冒頭で、収集・整理された事実情報をチーム全体で共有し、疑問点があれば解消します。主観や推測ではなく、事実に焦点を当てることが重要です。
ステップ3: 原因の分析 (約45-90分)
収集・整理された事実に基づき、「なぜ問題が発生したのか?」という問いを繰り返し、考えられる原因を深掘りしていきます。ここではいくつかの代表的な手法があります。
手法1: 5 Whys (5つのなぜ)
最もシンプルで強力な手法の一つです。問題事象から出発し、「なぜそれが起きたのか?」という問いを最低5回繰り返します。回数はあくまで目安であり、真の根本原因にたどり着くまで「なぜ」を繰り返します。
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手順:
- 明確化された問題事象から始める。
- その事象に対して「なぜそれが起きたのか?」と問う。
- 出てきた答えに対して、さらに「なぜそれが起きたのか?」と問う。
- これを繰り返し(目安として5回)、根本原因と思われるものにたどり着くまで深掘りする。
- 特定された根本原因が、本当に問題の再発を防ぐための対策に繋がるか検討する。
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例(ソフトウェア開発における障害):
- 問題: 本番環境で特定のデータが表示されない障害が発生した。
- なぜ1: なぜ特定のデータが表示されないのか? → 最新のデータがデータベースに保存されていなかったから。
- なぜ2: なぜ最新のデータが保存されていなかったのか? → バッチ処理が途中で異常終了したから。
- なぜ3: なぜバッチ処理が異常終了したのか? → 処理対象のデータ形式に想定外のものが含まれており、エラーが発生したから。
- なぜ4: なぜ想定外のデータ形式が含まれていたのか? → 入力データのバリデーションが不十分だったから。
- なぜ5: なぜ入力データのバリデーションが不十分だったのか? → 開発時に考慮漏れがあり、関連する仕様の確認プロセスも存在しなかったから。
- 根本原因候補: 入力データバリデーションの設計・実装プロセス、および仕様確認プロセスの不備。
5 Whysはシンプルゆえに、一本道の思考になりがちです。複数の「なぜ」の連鎖を並行して検討したり、他の手法と組み合わせたりすることも有効です。
手法2: Fishbone Diagram (特性要因図、石川ダイアグラム)
問題の結果(特性)に対して、考えられる原因(要因)を体系的に整理するための図です。魚の骨のような形になることからFishbone Diagramと呼ばれます。主に以下のカテゴリに分けて原因を洗い出すことが多いです。
- 製造業でよく使われる4M+1E: Man (人), Machine (機械), Material (材料), Method (方法), Environment (環境)
- サービス業や開発プロセスなどで使われることも多い6M: Man (人), Machine (設備/ツール), Material (情報/データ), Method (プロセス/方法), Measurement (測定/評価), Mother Nature (環境)
チームでブレインストーミングを行いながら、問題の結果を魚の頭に書き、背骨から主要な要因カテゴリを大骨として伸ばし、それぞれのカテゴリに対して「なぜ」を繰り返し、具体的な原因を小骨として書き加えていきます。
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手順:
- 大きなホワイトボードやオンラインツールの中央右寄りに、分析する問題(結果)を書き、それを囲むように箱を描く。これが魚の頭になります。
- 箱から左に向かって水平の線を引く。これが背骨です。
- 背骨から斜め上または下に向かって、考えられる原因の主要カテゴリ(例: 人、プロセス、ツール、環境など)を大骨として伸ばし、それぞれのカテゴリ名を記述する。
- 各大骨に対して、「なぜこのカテゴリで問題が発生したのか?」と考え、具体的な原因を小骨として書き加えていく。さらにその原因に対して「なぜ?」を繰り返し、孫骨を追加していく。
- 洗い出された様々な原因をチームで確認し、最も影響力が大きく、かつ根本に近い原因はどれか議論する。
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例(チーム開発におけるバグ多発):
- 問題: 開発中のソフトウェアでバグが多発している。
- カテゴリ案: 人、プロセス、ツール、環境、情報
- 人: メンバーのスキル不足、経験不足、疲労、コミュニケーション不足
- プロセス: コードレビューが形骸化している、テストプロセスが不十分、要件定義が不明確、変更管理が場当たり的
- ツール: 開発ツールの不具合、CI/CDパイプラインの不安定さ、バージョン管理の不備
- 環境: 開発環境と本番環境の差異、騒がしいオフィス、リモートワークでの連携の難しさ
- 情報: 仕様書の誤りや曖昧さ、タスクの指示が不十分、情報共有が滞っている
Fishbone Diagramを使うことで、考えられる原因を網羅的に洗い出し、視覚的に整理することができます。
その他の手法
タイムライン分析(問題発生に至るまでの出来事を時系列で整理する)、パレート分析(原因を重要度でランク付けする)、散布図(2つの要因の関係を見る)なども、特定の状況においては有効な手法となり得ます。状況に応じて適切な手法を選択、または組み合わせて使用します。
ステップ4: 根本原因の特定と検証 (約15-30分)
ステップ3で洗い出された様々な原因の中から、真の根本原因を特定します。複数の原因が組み合わさっている場合もあります。
- 特定された原因が、もし解消されれば問題が再発しないと言えるか?
- それは最も深いレベルの原因か? さらに「なぜ」を繰り返す必要はないか?
- 特定された原因を裏付ける十分な事実やデータはあるか?
チームで議論し、合意形成を図りながら根本原因を絞り込みます。ここでファシリテーターは、特定の個人や部署を非難するような方向に議論が進まないよう注意し、あくまでシステムやプロセスの問題として捉えるように促します。
ステップ5: 解決策の検討と実行計画 (約30-60分)
特定された根本原因に対して、再発防止のための効果的な解決策を検討します。
- 考えられる解決策を複数ブレインストーミングする。
- それぞれの解決策の効果、実現可能性、コスト、リスクなどを評価する。
- 最も適切と思われる解決策を選択する。
- 選択した解決策を実行するための具体的なアクションプラン(誰が、何を、いつまでに行うか)を立てる。
ここでは、単に原因を取り除くだけでなく、今後同様の問題が発生しにくいような予防策や、プロセスの改善に繋がる解決策を検討することが重要です。
ワークショップを成功させるためのポイント
- 心理的安全性の確保: 失敗や問題を安心して共有できる雰囲気を作ることが最も重要です。原因分析は「犯人探し」ではなく、チーム全体の学習と改善のためであることを明確に伝え、非難の応酬にならないようにします。
- 事実に基づいた議論: 憶測や感情論ではなく、可能な限り客観的な事実やデータに基づいて議論を進めます。
- 時間管理: 各ステップに時間枠を設け、タイムキーパーを決めておくことで、ワークショップが脱線したり長すぎたりするのを防ぎます。
- 記録の重要性: ワークショップで議論された内容、特定された根本原因、合意された解決策、アクションプランなどをしっかりと記録し、参加者や関係者に共有します。オンラインホワイトボードツールは、この記録と共有を容易にします。
- ネクストステップの明確化: 分析して終わりではなく、決定したアクションプランを実行に移すための責任者と期日を明確にし、その後の進捗を確認する仕組みを作ることが重要です。
- 振り返り: 根本原因分析ワークショップ自体のプロセスについても、定期的に振り返りを行い、より効果的な進め方になるよう改善を続けます。
まとめ
チームで実践する根本原因分析ワークショップは、単に問題を解決するだけでなく、チームの学習能力を高め、継続的な改善を推進するための強力な手法です。表面的な事象に惑わされず、チーム全員で協力して真の原因を探求し、効果的な対策を実行することで、よりレジリエントで生産性の高いチームを築くことができます。
ぜひ、チームで抱える課題に対して、一度根本原因分析ワークショップを試してみてはいかがでしょうか。今回ご紹介した手順や手法が、皆様のチームの課題解決の一助となれば幸いです。